アポロ計画って?アポロ1号の月面着陸。どんな事故が起こった?

こんにちは。にこです^^

世界一受けたい授業で

アポロ計画の裏側が放送されます。

アポロ計画に携わっていた

アームストロング船長の息子さんが

この計画の裏側をお話ししてくれるそうです。

アポロ計画、、、

知っているようで知らなかったので

調べてみました!!

アポロ計画とは

アメリカ航空宇宙局(NASA)による

人類初の月への有人宇宙飛行計画である。

1961年から1972年にかけて実施され、

全6回の有人月面着陸に成功した。

アポロ計画(特に月面着陸)は、

人類が初めてかつ現在のところ唯一、

有人宇宙船により地球以外の天体に到達した事業である。

これは宇宙開発史において画期的な出来事であっただけではなく、

人類史における科学技術の偉大な業績としてもしばしば引用される。

引用元:Wikipedia

このように、人類初めての試みとなる

「月面の着陸」をしようとしたわけなんですね!

ただ、アポロ計画で月面への着陸に成功したのは

アポロ11号の時です。

一気に月面着陸をしようとするとリスクが大きいため、

天体の周囲を周回したりと下準備もしていたんでしょうか。

そして人類が初めて地球以外の天体に降り立ったのは

17号の時でした。

アポロ計画による事故

このアポロ計画の中で、

10号は月面への着陸に至っていません。

その中で、大きな事故が2つあったのです。

アポロ計画による事故①

アポロ1号における予行演習中に

発射台上で火災事故がありました。

その事故で、

3名の飛行士が死亡したという

いたたまれない事故がありました。

アポロ計画による事故②

もう一つは、

アポロ13号において、月に向かう軌道上で

機械船の酸素タンクが爆発した事故です。

これによって月面着陸は断念せざるを得なくなりました。

しかし、乗っていた乗組員たちは

地上と連携を取りながら

無事に地球に帰還することができたようです。

アポロ1号とは。事故の原因は

引用元:Wikipedia

(左からグリソム、ホワイト、チャフィー)

アポロ計画において

アメリカ合衆国で1967年2月21日の発射を目指して

準備が進められていました。

成功すれば人類初の有人宇宙飛行計画になっていました。

しかし、1月27日

ケープ・カナベラル空軍基地の発射台で

発射の予行演習を行っていた時、

火災が発生したのです。

そして船長のガス・クリソム、

福祉操縦士のエドワード・ホワイト、

飛行士のロジャー・チャフィーの3名が

亡くなりました。

当日は、プラグの切り離し試験が行われました。

試験自体は危険なものでなはいと認識されていました。

宇宙服の中を循環している空気の中に異臭を感じたグリソム。

しかしこの異臭の原因はわからず。

グリソムは「発酵したバターサンドのようなにおい」

と言っていたそうですよ。

試験を再開し、ハッチの密閉作業を始めました。

秒読み10秒前の状態で留めていたとき、

いきなり火が燃え始めてきたのです。

チャフィーがほかの乗組員たちに司令船から脱出するように促し、

最初の火災の報告があってから17秒後にとつぜん通信が途絶えました。

そして船内の気圧が上昇し、爆発が発生したのです。

午後一時からの試験でいろいろな問題が発生した中

遂行されたこの試験。

わずか6時間ほどの出来事でした。

人類初となる計画。

大きなリスクがあったことが分かりますね。。

原因究明のため「アポロ204事故調査委員会」を招集

火災発生直後、NASAは原因究明の為に

委員会を招集しました。

しかし、出火の直接の原因はわかりませんでした。

そのため、次の計画が始められるまで

20か月間の空白期間を設けなければなりませんでした。

アポロ1号まとめ

人類初の月面着陸を掲げたアポロ計画。

その計画には思いもしない犠牲が出ていたんですね。

しかし犠牲になった人のためにも

月面着陸への目標をあきらめなかったことで

今があるんでしょうね。

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